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山田裕貴の父親元プロ野球選手の山田和利ってどんな人?選手時代から現在に至るまで偉大な存在だった

先日、山田裕貴さんが自分の父親が元プロ野球選手の山田和利さんであることを明かしましたね!

そんな山田裕貴さんですが、元プロ野球選手の息子ということもあり学生時代に野球に取り組んでいたのですが、偉大な父親が故に苦労したこともあるようです。

そこで、この記事では山田裕貴さんの父親山田和利さんがどのくらい凄い人なのか、山田裕貴さんの野球エピソードをなどをまとめました。

山田裕貴の父親は元プロ野球選手の山田和利選手

山田裕貴さんの父親は元プロ野球選手の山田和利さんであることが分かりました!ですが、山田和利さんとはどんな選手だったのでしょうか?

プロフィールや野球選手時代のエピソードをまとめました。

山田和利のプロフィール

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  • 名前:山田 和利(やまだ かずとし)
  • 生年月日:1065年6月3日
  • 出身地:愛知県名古屋市
  • 出身高校:東邦高等学校
  • 選手歴:中日ドラゴンズ(1984-1990)
        広島カープ(1991-1995)
        中日ドラゴンズ(1996)
  • コーチ歴:中日ドラゴンズ(1997-2004)
         広島カープ(2011.2015-)

高校時代、1983年のドラフト会議で中日ドラゴンズから4位で指名を受けて入団した山田和利選手。1988年にはユーティリティプレイヤーとして82試合に出場し、リーグ優勝にまでチームを導きました。

1991年広島カープに移籍後は、強打者・内野手へのモデルチェンジに成功した山田和利選手は、チームの2位獲得に躍進しました。

山田和利は今何をしている?

山田和利さんは現在何をしているのでしょうか?調査をしたところ、現在は2015年から再び広島の二軍守備・走塁コーチを務めているようです。

その前には、中日ドラゴンズや広島カープのコーチを勤めていました。

  • 1997年:(中日ドラゴンズ)二軍打撃コーチ
  • 1998年:(中日ドラゴンズ)一軍打撃・走塁コーチ
  • 1999-2001年:(中日ドラゴンズ)一軍打撃コーチ
  • 2002−2003年:(中日ドラゴンズ)二軍内野守備・走塁コーチ
  • 2004年:(中日ドラゴンズ)二軍野手総合チーフコーチ
  • 2005年:(中日ドラゴンズ)フロント入り
  • 2011年:(広島カープ)二軍守備・走塁コーチ
  • 2012年:球団編成
  • 2015年:(広島カープ)二軍守備・走塁コーチ

経歴を見てもとても凄いことが分かりますよね!選手時代にかっこいいお父さんで、選手引退後も野球界で名を轟かせる方のようです。

山田裕貴が父親の影響で始めた中学生時代の野球

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そんな山田裕貴さんは中学時代まで野球に打ち込んでいたそうです。では、山田裕貴さんの中学時代の野球エピソードを見てみましょう!

山田裕貴の通っていた中学校はどこ?

山田裕貴さん出身中学校は「名古屋市立若水中学校」と言われています。山田裕貴さんの出身地は愛知県名古屋市なので、市を見ると一致していますよね!

名古屋市立若水中学校は、愛知県名古屋市千種区若水二丁目にある名古屋市立中学校です。高見小学校学区と春岡小学校学区からなるので、山田裕貴さんもおそらくこの地域にぅんでいたのでしょう。

山田裕貴さんは中学校時代、お父さんお影響でプロ野球選手を目指していました。その為、名古屋市内の強豪クラブ「名古屋北シニア」に在籍し野球を行なっていたようです。

中学時代はポジションはピッチャー?

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「名古屋北シニア」では日本一を目指そうとチームで頑張っていた山田裕貴さん。名古屋北シニアといえば、中日ドラゴンズの堂上直倫選手も名古屋北シニアのOBです。

そんな山田裕貴さんの「名古屋北シニア」での写真がこちらです。

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写真を見ると、中学校の頃からカッコイイことが分かります。ピッチャーの写真がなかったのですが、2021年5月7日に放送された「A-Studio+」で放送された野球エピソードで中学時代の野球について語っていました。

強豪チームに所属していた山田裕貴さんはレギューラーになれず中3で野球を挫折。中学校卒業後はお父さんの母校である「東邦高校」に入学したようです。

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山田裕貴が父親が偉大な上に味わった挫折とは?

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山田裕貴さんが野球を挫折してしまった背景にはお父さんである「山田和利さん」の存在がありました。山田裕貴さん自身も、このようなコメントをしています。

『どうしても近い存在に凄いでかい壁が、父親という壁があって。チームメイトにも「プロ野球選手なのに」と言われて。自分では無理なんじゃないかと思って、野球を辞めてしまった。

今、テレビや政治でも親の第2世と期待される人って多くいますよね。親が有名なだけにそれが重荷になってしまうこともあります。

また、山田裕貴さん自身野球を続けている時にこのように感じていたことを明かしています。

 「やっぱりプロ野球選手である父を意識してしまって、プロ野球選手の息子、って看板を重く感じてて。でもやんなきゃ、やんなきゃ、って(思って)。ふと我に返った時に、あれ、これは俺の人生を生きてるのか?父親を追いかけてるのか?って分かんなくなっちゃって」

引用:デイリー(2021年5月8日発行)

山田裕貴さんの場合も、親の存在が大きすぎて周りから親と比べられ周囲の期待が大きくて苦しかったでしょう。

山田裕貴の高校時代はシャイだった!

山田裕貴さんは野球の名門「東邦高校」に入学します。野球の名門の高校といえば、全国から実力のある人が集まりますよね。そんな中、甲子園に出場している同級生をみて涙を流したそうです。

「同級生たちが甲子園に出場し活躍する姿を応援席で見て、自分の情けなさに涙を流した」

引用:毎日キレイ(2021年5月7日発行)

この時、「僕は野球をやめて自分で人生あきらめて、1人でなにやってんだろうって思ってしまった」と振り返ったそう。

そこで、自分も頑張らなきゃ!と感じたようで、同級生の頑張りが山田裕貴さんの頑張る糧となっているようです。

山田裕貴はどんな高校生だった?

山田裕貴さんはどんな高校生だったのでしょうか?調査をしたところ、とてもシャイな高校生だったようです。

高校生時代は、女の子と話をするだけで顔が真っ赤になってしまう可愛い一面があったようです。連絡先を聞くだけでも2・3時間悩むほど。

それも、中学校まで野球を続けていたので女の子との接し方が分からなかったようです。初めて付き合った女の子とは手を繋ぐまでに4ヶ月もかかったそうです。

そんな山田裕貴さんの高校時代の写真がこちらです。

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とてもかっこいいですよね!この頃の山田裕貴さんのあだ名は「プリンス」だったそう。また、学生時代は「いじられキャラ」だったらしく、周囲を明るくさせるムードメーカーだったようです。

山田裕貴が芸能界に入った背景には父親がいる

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山田裕貴さんが芸能界に入ったきっかけは、お父さんである山田和利さんの言葉にあったそうです。山田裕貴さんが野球を辞めるといた際に、お父さんにこのように言われたようです。

「俺は野球をやれとは言ってない。なんで自分でやると決めたことを最後まで続けなかったんだ」

そこで、以前からテレビに興味があった山田裕貴さんは俳優の道に進むことを目指し、お父さんの言葉を心に決め、「次にやるって決めたことはもう最後まで、死ぬまでやろう」と思ったそうです。

お父さんは野球選手の山田和利としても偉大ですが、息子の背中を押してくれるとても偉大な方であることが分かりましたね。

まとめ

山田裕貴さんのお父さん山田和利さんは中日ドラゴンズや広島カープで活躍されていた選手であり、現在はコーチを務めていることが分かりました。

そして、山田裕貴さんの人生にも大きく関わっていて、俳優の道に進むことも背中を押してくれている偉大なお父さんであることも分かりました。

今後もますます活躍される山田裕貴さんが楽しみです!

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